7
何とはなく挙動不審な王子とその乳兄弟殿ではあったが、彼らがこそりと思案を巡らせていたことというのは、企みと呼ぶにはあまりにも他愛なく露見しており。中身もまた、埒のなさげな可愛らしいことな模様。聞くとはなしに耳に入って来ていたあれこれをまとめると、どうやら…この王宮内の奥向きにあるという王家代々の御霊を祀った古廟へと、大人たちの許可なくもぐり込もうとしている二人であるらしいと、フランキーはあっさり暴露してくれて。
「もしかして、俺辺りは発言権がない存在と見なされてんのか? サッカーの試合中の審判みてぇによ。」
審判に発言権がないとは奇妙なことを言う…と、細かい揚げ足取らずとも、そこはさすがにゾロにも彼の言いたいことは通じており。ボールが当たろうが、選手が勢いあまって突っ込んで来ようが、単なる小石扱いとなるという意味。そこにいたからゲームの流れが変わったんだ…などという言いがかりを受け付けないためのものというのがそもそもの順番ではあるのだが、それと同じ扱いかと言いたい彼であるらしく。かつての日本でも身分制度はそりゃあ厳然と存在し、大広間という同じ空間内に居合わせ、直接の面談中であれ、お目見えの格によっては、中間位置に座す家老や老中などなどというお人が通訳のように互いの言いようを繰り返しての、橋渡しをせねばならぬという滑稽なしきたりがあったという。つまり、直接向かい合って面談している武将が、されどお殿様と直接言葉を交わせる身分ではない場合、彼の言葉は家老の耳に入ってから“このように申しておりますれば…”という段階を経てでないと殿には届かないこととされており、聞こえないならいざ知らず、ほん間近にいてもこのしきたりは公然と守られたという。もっと身近なところでもこういうことはまかり通っており、お風呂に入った殿様が湯が(当時だと蒸し風呂なのかなぁ?)あまりに熱いと暴れても(?)、直接のお世話をする小姓や小僧さんにはそのお言葉、聞こえないことになっており、外で控える傍づきの方を呼んで何を仰せか訊いてくださいとの順を踏む。よほどのこと、お命にかかわるような事態でもない限り、聞こえていても聞いてはならぬ。
―― だって身分が違うから
…と、いうような扱いを受けとんのか俺はと、やや憤慨ぎみに言う凄腕のエンジニアさんだったが、
「いや。ただ単に、二人が迂闊なだけだと思うぜ。」
それか…失礼ながら、サンジやナミほど恐れられてはいないのか。新顔だからというよりも、見た目のいかつさほど荒くたい人性じゃあないあのがすぐにも判った彼だったので、よって腕白さん二人も警戒しなかっただけのこと。そして その伝で言うと、この自分もまた蚊帳の外とされてた訳だから、
“…恐れられてたってか?”
はは…と乾いた笑みが口許を引きつらせる。身分差からも職務の色合いからも、そうであるべきなのに、それで真っ当なはずなのに、どうしてだろうね、いきなり“あんたは内緒話の仲間じゃない”と背中を向けられたような気がしてしまうゾロであり。これまでさんざん、そうでなきゃいけないと、口を酸っぱくして言ってたのにね。天真爛漫な王子から懐かれるのは正直言って悪い気はしないこと。されど、馴れ合っていては示しがつかないし、何より外への集中が僅かにでも削がれかねぬ。それでと取っていた毅然とした対応に、やっと王子の側の納得がいったか、こういう扱いになったまでのこと…と。そうと思えば、やれやれやっと判ったらしいなと納得すればいいだけな筈が、ああ、あんまり長いこと“なあなあ・にゃあにゃあ”と懐かれ続けて来たもんだから、逆にこっちが慣らされかかってたらしいということか。あ〜あだよなと彼にはらしくもない微妙な憂いをもって、その表情を浮かぬものにしている“砂漠の剣豪”へ、
「古廟なんてなところへの潜入とは、
たとえ王子と言えども相当に大胆な“おイタ”じゃねぇのか?」
王子たちが構ってくれないからか、豊かな毛並みをふかふか・ゆさゆさと揺らしつつ、てってって…っと こっちへと戻って来たメリーが、そのままふんぬとその背中へ巨体でのしかかるのを受け止めつつ。工具磨きの手を休めぬままなフランキー、話しの相方さんへか、それともさりげない独り言か、そんな一言をポロリと零す。視線だけをちらりと向けた特別護衛官殿、相手が手元からお顔を上げてはないことで、自分を伺ってはないらしいのを見届けると同時、何をまた、柄になく神経質になっているかなと、そんな自分への苦笑を咬みしめてしまい。
「…ああ。とんでもない“おイタ”だな。」
「だったらやっぱ、止めた方が いんじゃね?」
神聖な場所を何と心得おるかと頭から叱ってもいいことなんだろ? まあな、だが、そんな正攻法で言って聞くような王子とも思えんしな。
「? それって?」
「叱られるの覚悟で、やっちまいそうってこと。」
違反だぁ? そんじゃあ罰金払えばいんだろがと。本末転倒、先に払っときゃあこいつ殴ってもいんだなというよな順不同の無茶苦茶を、言いそうだしやりそうな困ったちゃん。どんなお仕置きも受けて立とうじゃんと、胸張って挑みそうな王子だと、今から判る自分も憎い。
「…まあ、鳴り物入りでの潜入しようってんじゃなさそうだから、外部へ不祥事として広まるって方向での心配はいらねぇんじゃね?」
子供のいたずら。そんな範疇で片付くのではと、どうしてか宥めるように言い足したフランキーへ、
「バレなきゃいいって問題じゃねぇだろよ。」
確かに対外的な方面へ漏れなければ、ぎりぎり醜聞じゃあないのだろうけれど。その筋の許可を得ず、つまりは正式な段取りを踏まずにご先祖様の眠りを破るだなんて、十分“不敬”にあたる行為であろうし、
「そんな王子の暴挙が完遂しちまえば、王子の行動から振り切られた格好になったんだろ俺まで“無能”扱いされるってことだしな。」
不貞腐れるような言いようになるゾロであり。
「それは他のお傍衆や隋臣全員に言えるこったろうが。」
「ああ、俺ら全員で王子に手玉に取られましたっていう代物さね。」
まるで、王子からは敵対視されているような気でもするものか、苦々しいお顔をする彼なのが、
“…ふう〜ん。”
日頃は若いに似ない自負だの威容だのを、掲げたりたたえたりしている男なんだのに。今は微妙に拗ねてさえ見えるこの変わりようへこそ、興味深いことよというお顔になったフランキーであり。
“なぁんだ、そんな顔も出来るんじゃねぇか。”
決して、こちらへ心許して見せてくれたのではないのだろう。実感したばかりの思わぬ事態へ気持ちの収まりがつかないだけ。そんな形ででも、やっと見つけた素顔というか、年相応の姿というの、目撃出来たのが感慨深かったお兄さんであったようで。
「…面白れぇ話を1つ、提供してやろうか。」
ふと、そんなことを平板な声にて言い出すフランキーであり。車庫の周囲に植えられた木々の、豊かな緑が潮の香のする風に揺られ、さわさわと涼しげな音を立てる中、
「? 何の話だって?」
今更あらためて喧嘩腰になっても始まらぬ。それよりも、この話の流れの中でのそんな唐突な言に、冗談抜きに意表をつかれたらしいゾロ。疑るような気色は微塵もないままに聞き返せば。ぶっとい腕した いなせなエンジニアのお兄さん、ニッと渋みを利かせた笑い方をし、
「王子さんたちがアタックしよっていう古廟だが、
実は…先日来から妙な噂を聞きもするんでね。」
長っ鼻は王子をどうやって諦めさせようかってことへ気を取られてるし、王子は王子で、それほどあちこち出歩けねぇだるから、まだ耳には入ってねぇはずなネタなんだがな、と。随分と軸の長いドライバーをぴっかぴかに磨き上げつつ、微妙に思わせ振りな言いようをする彼であり。
「何だよ、勿体ぶりやがって。」
「別に出し惜しみしてんじゃねぇさ。」
くくくっと喉を鳴らすように笑った彼は、何を思ったか、
「他愛のねぇ噂話に過ぎねぇからよ、あんたにゃ関心も薄いかなと思ってな。」
唐突にその声のボリュームを上げてのよく通るお声で続け、
「何でもな、ここの歴代の王さんを祀ったっていう古いお墓の周辺で、
先日から時折、妙な陰が出没してんだと。」
「………おい。」
何でまた、急に声を大きくしてんだと、ゾロがギョッとしたものの。そんな彼のお顔の手前、まあまあと制すように広げられた大きな手の指の間から見えたのが、
“………お?”
メカメリーの陰にてこそこそしていた誰かさんたちが、妙に大人しくなってのこちらを伺ってる気配がしたことで。まさか、
“まさか、わざとに聞かせようってのか?”
だとすれば いかにも白々しいやりようだが、相手があの二人なら効果は絶大かも知れぬと(おいおい)、ゾロも思い直して制すのはやめて押し黙る。それを見届けた、新参の整備工さん。くくっと含み笑いを零しつつ、
「夜更けの暗い中に、明かりも持たずに徘徊する影があるそうでよ。」
「ちょっと待て。不審者なら知らせが回ってるはずだぞ。」
「不審者ならな。」
警備官のゾロに通達がないのはおかしいとのツッコミへ、待ってました、良い食いつきじゃんと言わんばかり、ふっふっふっという不敵な笑いでお返事をし、
「目撃したのは女性職員だったり巡回員だったりとバラバラで、
しかも、何か壊されたとか無くなったとかいう、設備も備品もないらしいんで、
見間違いだろ気のせいだろと片付けられてるらしいんだよ。
でもな、」
「でも?」
思わせ振りもたっぷりと、言葉を途切らせたフランキー。ゾロは勿論だが、今やルフィやウソップまでもが聞き耳立ててるのを肌合いで確認すると、
「さささっと素早く動いてたとか、パッと現れてパッと消えるところを見たって声は日に日に増えてるんだが。それが侵入者なら問題だが、その何かは随分と小さいらしいんでな。」
「小さい?」
「ああ。こんなくらいの小さな何かが、たたたっと素早く駆けてったのを見たとか、そういう奇天烈な話なんで、警備部への正式な知らせにまでは至ってねぇんじゃね?」
そう言った彼が手のひらを水平にかざして見せ、示した大きさというのが。地べたへじかに座り込んでの、膝の回りへいろいろ広げてるお兄さんの、肩の高さまでもないという ちんまりした背丈の何かだったので。
「そ…っ、!」
「ば、馬鹿っ。」
何か言いたかったらしいルフィの口を塞いで、ウソップがメカメリーの陰へと強引に撤退してしまう。だが、確かにルフィはこっちの話を聞いており、しかも何か訊きたかったらしいことまでが見え見えで。まま、それを言うならば、ゾロにしたって同じこと、
「…そんな小せぇもんって、何もんだ?」
「さてね。メリーじゃああるめぇし、犬や猫にしちゃ大きいが、そうかと言って、」
この王宮内では王子が一番の年下で、それでか体格も一番小さい。女性にだったらもっと小さい者もいるかも知れないが、そんなお人が夜更けの古廟の周縁に出没するものだろか。一応は王宮に仕えている身の女性なら尚のこと、それが不敬にあたるということも重々知っているだろし。…となると?
「得体の知れない何物か。そんなもんがウロウロしてるらしいって話だよ。」
「ひぃいぃぃぃぃ……っっ。」
ウソップのそれだろう、微妙な悲鳴が鳴り響き。そりゃあ爽やかな夏の到来を感じさせる潮風に頬をなぶられつつ、こちらは真顔の護衛官殿が、
「…………ハロウィンはまだずっと先の話だが。」
「東洋には“お盆”ってのがあって、真夏に地獄の蓋が開くそうだが?」
「ひぃいぃぃぃぃ……っっ。」
やめたげなさいって、二人とも。(苦笑)
← BACK/NEXT→
*ハロウィンは遠いという頃合いのお話だったのに、
今やそれを攫ったCM流れ放題でございます。(とほほん)

|